上田秋成墓
上田秋成は江戸時代後期の浮世草紙(うきよぞうし)・読本(よみほん)系の作家として、また、歌人、国学者として世に知られている。浪花(なにわ)の人で「雨月物語」「春雨物語」は古典と近世的戯作(げさく)とを統一して独自の文学的境地をひらいたものとして最も有名である。寛政2年(1790)左眼を失明し、妻が剃髪してからは知恩院、南禅寺畔に転々と居を移し、視力をほとんど失い妻を亡くして窮乏の末、百万遍屋敷(寺町荒神口上ル東側)の羽倉信義(はぐらのぶよし)宅に晩年をおくり、文化6年(1809)76才の数奇な生涯を終え、西福寺に葬られた。
基本情報
| 正式名称 | 上田秋成墓 |
|---|---|
| よみがな | うえだあきなりはか |
| 通称名称 | - |
| よみがな | - |
| 住所・所在地 | 左京区南禅寺草川町 西福寺 |
| アクセス | 京阪電鉄 蹴上 市バス 蹴上 |
| 開催日時 | - |
| 営業時間 | - |
| 定休日 | - |
| TEL | - |
| ホームページ | - |
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