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楊貴妃観音堂

 唐の玄宗(げんそう)皇帝の妃、楊太真は、楊貴妃の名で知られる絶世の美女であり、二人の愛情の深さは、白楽天の「長恨歌」にたたえられている。しかし、その美貌のためにかえって、玄宗の失政と安禄山の乱を呼び、唐の至徳元年(七五六)、妃はその乱によって命を落とした。安禄山が討たれた後、皇帝玄宗は亡き妃の面影を偲ぶため、香木よってその等身坐像にかたどった聖観音像を造ったと伝えられる。
 寛喜二年(一二三〇)に中国に渡った湛海(たんかい)は、その像を持ち帰り、泉涌寺に安置したという。以来百年ごとに開扉されてきた秘仏であったが、昭和三十一年(一九五六)から厨子(ずし)の扉は参拝者のため開かれることになった。
 仏体は寄木造で、手に極楽の花、宝相華(ほうそうげ)を持ち、宝冠は宝相華唐草(ほうそうげからくさ)の透彫(すかしぼり)、その下に観音の冠を重ねている。観音の慈悲と楊貴妃の美貌が渾然(こんぜん)一体となった仏像で、口元や目元の曲線は、得も言われぬ尊容を漂わせている。

基本情報

正式名称 楊貴妃観音堂
よみがな ようきひかんのんどう
住所・所在地 東山区泉涌寺山内町3

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