宝珠山 福成寺
福成寺は、桓武天皇による長岡京遷都に伴い、延暦三年(七八四)、鎮護道場として創建されたと伝えられ、千二百三十余年の長い歴史を有する古刹である。
当時は広大な敷地に多くの塔頭を擁する大寺院であったが、平安時代には衰退して、真言宗の寺院となった。
南北朝時代に建仁寺第二十六世・高山慈照(広済禅師)の手により、臨済宗の寺院として再興された。その当時は、多くの修行僧を抱える大道場であったが、建武五年(一三三八)に、そこで守られるべき規則として定められたのが、「福成寺規式」である。この文書は、平成一九年(二〇〇七)、国の重要文化財に指定されたが、現在は、建仁寺の塔頭、霊洞院が保管している。
その後、寺は応仁の乱で焼失し、江戸時代の文政十年(一八二七)に本堂が再建された。本尊は十一面観音菩薩立像で、洛西三十三所観音霊場の第三十一番札所である。脇侍の大日如来像は、定朝様式を備えた藤原時代中期の作で、中興の祖、広済禅師像とあわせて祀られている。
寺内にある権現堂では、毎年二月十一日、五穀豊穣を祈る伝統行事、「行講(おこないこう)」が、地域の草分けによって今日まで伝承されている。現在、福成寺は、臨済宗建仁寺の末寺である。
京都市
基本情報
| 正式名称 | 宝珠山 福成寺 |
|---|---|
| よみがな | ほうじゅさん ふくじょうじ |
この情報を共有する
-

Xでシェア
-

Facebookでシェア
-

LINEで送る

URLをコピー






