観光スポット・サービス情報

駒札・歌碑

冷聲院

冷聲院

 当寺は、正式には知足山冷聲院と称する浄土宗の寺で、本尊は阿弥陀如来を祀っている。
 鎌倉時代末期以来の領主であった革嶋(かわしま)家の十八代越前守(えちぜんのかみ)一宣(かずのぶ)は、秀譽生西(しゅうよしょうさい)に帰依していた。一宣の死後に父の意を汲んだ子の秀存(ひでただ)が、生西を開山上人として迎え、天正10年(1582)に創建した。
 本尊を祀る本堂は、昭和2年(1927)2月、失火により焼失したが、昭和41年(1966)10月に再建された。境内には、地蔵菩薩をはじめ不動明王や閻魔王を祀る地蔵堂、鐘楼のほか、親孝行で知られる儀兵衛(ぎへえ)や幕末維新期に尊皇攘夷の郷士であった山口薫二郎(通称:直)の墓がある。
 儀兵衛は、享保9年(1724)に四条堀川で生まれ、生後すぐ川島村に養子に出された。10歳の時に養父が亡くなり、その後、長い間貧しい家庭で身体の弱い養母を支えた。儀兵衛の孝行は、大正7年(1918)に尋常小学校の教科書に掲載され、東郷平八郎が揮毫した顕彰碑もある。
 山口薫二郎は、文化12年(1815)に川島村の庄屋の家に生まれ、22歳の時に庄屋役に就任した。薫二郎は生来の学問好きで、森田節齋(せっさい)を通じて小浜藩の梅田雲浜を知り、尊王攘夷に心酔した。幕末維新の動乱期も自らの考えを貫いたが、妻や財産を失い、明治6年(1873)59歳で東京にて没した。

京都市

基本情報

正式名称 冷聲院
よみがな りょうしょういん
住所・所在地 西京区川島玉頭町78

一覧に戻る

この情報を共有する