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福徳寺

福徳寺

 当山は、平城京が奈良に定められた翌年、和銅四年(七一一)に行基が法相宗として開創し、聖武天皇の勅願により薬師七重塔が建立され、「弓削寺」と称した。
 その後、応永三年(一三九六)に焼失し、再建されたが、天正七年(一五七九)明智光秀が周山城を築くのに当たって、本寺を破却して城の用材に充てたという。慶長一九年(一六一四年)かすみ桜が移植されたと伝わる。
 曹洞宗としては、天和元年(一六八一)永林寺住職 居山桂宅が再興し「富春庵」と称し小庵を建てたことに始まる。享保七年(一七二二)堂宇整備されたが、安永八年(一七七九)本堂が火災にて焼失し、翌年再建された。場所は最初北方奥地にあり、火災で消失・再建の度に移り替わり現在位置になったと伝わる。
 明治一五年(一八八二)、福徳寺という寺名を再興した。
 なお、当時の薬師如来坐像と持国天像、増長天像が大正一四年(一九二六)に国宝に、昭和二五年(一九五〇)に重要文化財に指定された。

基本情報

正式名称 福徳寺
よみがな ふくとくじ
住所・所在地 京北下中町

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