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城興寺

城興寺

 瑞宝山と号する真言宗泉涌寺派の寺院で、洛陽三十三所観音めぐりの第二十二番札所となっている。この地は、太政大臣藤原信長の邸宅であったが、知足(ちそく)院関白藤原忠実(ただざね)が伝領して、永久元年(1113)に寺に改めたといわれる。  創建当初の規模は明らかではないが、寺宝に有する境内伽藍図には現在の烏丸町全域にわたって寺域としていた様が描かれている。  当初は、四宗(顕・密・禅・律)兼学の道場であったが、のちに天台宗となり、天台座主最雲法親王の没後、その弟子の以仁王(もちひとおう)が当寺を領した。その後、治承3年(1179)、平氏によって寺領を奪われ、このことが、平氏討伐の挙兵の一因になったと考えられている。中世を通じて、延暦寺の管理に属したが、応仁の乱後、衰微し、現在は円仁(えんにん)の作と伝えられる本尊千手観音像を安置する本堂のみが残っている。南区東九条烏丸町

基本情報

正式名称 城興寺
住所・所在地 東九条烏丸町7-1

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