夜観光のススメ

2025年03月12日(水)

夜観光

【京都・夜観光のススメ企画(①夜のミュージックスポット)】京都が誇るジャズ喫茶の名店に行こう~jazz spot YAMATOYA~

チック・コリア、キース・ジャレットなどジャズの歴史に名を刻む巨匠たちも訪れた、京都が誇るジャズ喫茶の名店「jazz spot YAMATOYA」




「夜のミュージックスポット」は、ナイトクラブ・ライブハウス・ミュージックバーなど、京都で夜に音楽を楽しむ場所を紹介する連続企画。第2回で取り上げるのは、こだわりの音響とレコードでジャズを楽しむ「ジャズ喫茶」。今や日本固有の文化として世界から注目されるジャズ喫茶だが、その最盛期にオープンし、ジャズファンから初心者まで受け入れる間口の広さとホスピタリティで、55年間愛され続ける日本屈指の名店が京都・熊野神社の近くにある。キース・ジャレット、ゲイリー・ピーコック、チック・コリア、マル・ウォルドロン、山中千尋、渡辺貞夫など、ジャズの巨匠たちも訪れた同店を、「Jazz The New Chapter」シリーズの監修者としても知られるジャズ専門の音楽ライター・柳樂光隆が紹介する。


日本固有の文化として世界から注目されるジャズ喫茶

ここ10年程、世界中で「ジャズ喫茶」(やジャズバー)が注目を集めている。ジャズ喫茶を巡る海外からの旅行者だっているし、海外のメディアがジャズ喫茶について記事を書くことも珍しくなくなった。近年では日本のジャズ喫茶からのインスパイアを公言する飲食店がオープンすることも増えている。今、ジャズ喫茶は世界から「発見」されているのだ。

実はこの「ジャズ喫茶」(やジャズバー)という業態は日本独自のものだ。ジャズが流れている店やジャズの生演奏が聴ける店なら世界中に存在する。しかし、「ジャズのレコードを聴くことを目的にした店」は日本にしか存在しなかった。「こだわりのオーディオからジャズが流れていて、客は椅子に座ってひとりでじっくりと音楽に浸る」というスタイルはもはや独自の「文化」と言ってもいいものだった。

そんなジャズ喫茶の文化には既に90年を超える歴史がある。その昔、ジャズのレコードが高価だった時代にはコーヒー代を払えばレコードを聴くことができるジャズ喫茶は若者にとって重要な場所だった。ジャズ喫茶はそんな客の要望に応えるために発売されたばかりの新作を用意したり、他の店では聴けない希少なレコードを集めたりして、独自のコレクションを揃えるようになった。そのコレクションはリスナーだけでなく、ジャズミュージシャンにも情報を提供し、創作のヒントを与えていた。1999年に日本人で初めて国際ジャズの殿堂入りするなど、後に世界で活躍するジャズピアニストとなる秋吉敏子が、1950年ごろに横浜の老舗「ちぐさ」に入り浸ってレコードを聴き、時に採譜をしていたのは有名な話。ジャズ喫茶は日本のジャズにおけるインフラの一部でもあったと言っても過言ではない。だからこそ、ジャズ喫茶はジャズミュージシャンを含む、ジャズシーン全体におけるハブのような場所でもあった。

つまり、ジャズ喫茶の存在なくして、日本のジャズ文化は語りえない、とも言えるだろう。

なぜ、こんな話から始めたかというと、ジャズ喫茶jazz spot YAMATOYA(以下、YAMATOYA)は前述のような役割を果たしてきた老舗だからだ。マイルス・デイヴィスが『ビッチェズ・ブリュー』を発表し、ウェザー・リポートが結成され、ジャズが大きく動きだした1970年に創業されたYAMATOYAは55年を超える長い間、京都でジャズを流し続けている。


jazz spot YAMATOYA 外観


会話不可のストイックなスタイルから、会話OKの親しみやすいジャズ喫茶へ

YAMATOYAが開店した1970年は学生運動が盛んな時期で、そのころ、日本のジャズシーンは日野皓正・菊地雅章・佐藤允彦・山下洋輔らが頭角を現し、ストイックなサウンドを提示し活況を呈していた。YAMATOYAは現在と同じ場所の二階で営業していて、もともとは会話不可のストイックなスタイルだった。ALTEC A3という大型のスピーカーを設置しジャズを大音量でかけていたこの店は日本のジャズシーンの熱気に呼応するようにジャズを熱心に追いかけていた京都の若者たちの受け皿にもなっていた。

そんな時代からずっと営業しているだけあって、YAMATOYAにはここにしかない逸話がいくつもある。今回、店主の熊代さんが様々なアーティストとの交流を語る中でゲイリー・ピーコックの話をしてくれたのが特に印象に残った。キース・ジャレットやアルバート・アイラ―、ビル・エヴァンスらの名盤に貢献してきた名ベーシストは1970年から1972年まで日本に滞在していた。この3年の間に渡辺貞夫や菊地雅章との録音も残していて、それらは日本のジャズ史における重要な作品になっている。この時期、彼は日本の文化や禅を学ぶのが目的だったこともあり、東京ではなく、京都で暮らしていた。そのころのピーコックと交流があったのが熊代さん。京都で行われた彼のコンサートも熊代さんが手掛けていた。ピーコックが日本滞在時に録音したレコードを流しながら、熊代さんはカウンター越しに彼とのエピソードをいろいろ話してくれた。開店してすぐにYAMATOYAがジャズシーンにおいて特別な場所になっていたことがわかる。

 YAMATOYA店主・熊代忠文さん
  熊代さんが独自にブレンドするこだわりのコーヒーは酸味・苦みのバランスをオーダーできる(税込700円)

開店から2年後の1972年、YAMATOYAは1階にもジャズ喫茶・ジャズバーをオープンする。2階とは対照的に、明るい照明を設置し親しみやすい雰囲気で会話もOKに。スピーカーはやわらかい音色に定評があるVITAVOX KLIPSCHORNを使った。この1階の店のために作ったポスターやコースターには「Things ain‘t what they used to be.」の文字が入っている。これはデューク・エリントンの名曲の名前で邦題は「昔は良かったね」。ジャズ評論家としても活動していた大橋巨泉が翻訳したことでも知られるこの曲名はYAMATOYAの1階のコンセプトそのもの。先進的な2階とは異なり、リラックスして楽しめるスウィングジャズやジャズヴォーカルのレコードを積極的に選んでいた。1階ができたころ、世の中もジャズシーンも変化が起き始めていた。日本では学生運動が下火になり、若者の志向が変わり始めた。ジャズシーンではフュージョンの先駆けにもなったチック・コリアの『Return to Forever』やソロピアノでの即興演奏にチャレンジしたキース・ジャレットの『Facing You』が成功をおさめ、ジャズはどんどん多様になっていった。YAMATOYAはそんな社会やシーンの状況に合わせ、2階の営業をやめて、1階に統合。やわらかい雰囲気はそのままにあらゆる時代のジャズが流れるジャズ喫茶へと変わっていった。

jazz spot YAMATOYA 1階 内部


あらゆるスタイルのジャズのレコードが満遍なく揃うバランスの良いコレクション

熊代さんは人柄もジャズ観もとにかく柔軟な印象だ。取材中に壁にびっしりとストックされているレコードのコレクションをじっくりと見せてもらうと、1930年代くらいから1980年代くらいまでのあらゆるスタイルのジャズのレコードが満遍なく揃っている。過激なフリージャズもあれば、洗練されたジャズ・ヴォーカルもあるし、戦前のスウィングジャズやニューオーリンズスタイルのジャズもある。フュージョンもあれば、ヨーロッパのレーベルのECMもある。もちろん日本のジャズもある。時代やスタイルにこだわらず、有名盤を中心に偏りなく揃っているのがわかる。そんな2階と1階の選曲のスタイルを両立させたバランスの良いコレクションがYAMATOYAの特徴になっていった。

熊代さんはそのコレクションについて、「ジャズが最も充実していた1950年代から1980年代の間のレコードが中心」であり、「リクエストに応えられるようにしている」結果だとも語る。だからここには時代もスタイルも編成も問わないあらゆるジャズが揃っている。この日、「海外からのお客さんからのリクエストがあるから、こういうのも買ってきてかけているんです」と出してくれたのは北海道で活動していたピアニストの福居良の『シーナリー』『メロウ・ドリーム』の再発盤。福居は日本のジャズの中でも海外での人気が特に高く、再評価が進んでいる。「お客さんのリクエストに応えられないと悔しいじゃないですか」と熊代さんは笑った。この日は開店前に行った取材だったこともあり、店の隅々までじっくりと見させていただいたので、レコードプレイヤーの周りのCDのコレクションも見ることができた。そこには上原ひろみやイギリスのドラマーのユセフ・デイズが2020年代にリリースした作品なども積まれていた。「先週は大阪まで行ってレコードを10枚以上買ってきました」と語るようにそのコレクションは常に更新されている。自身の好みのジャズをかけるのではなく、客のリクエストに応えることを念頭に、コレクションをアップデートし続けていることがYAMATOYAが今も愛され続けている理由であるんだろうなと思った。そして、その姿勢はジャズ喫茶のあるべき姿そのものだなとも思った。
 


  熊代さんとの会話もYAMATOYAの醍醐味の一つだ


チック・コリア、キース・ジャレットらジャズの巨匠たちとの親交

熊代さんの柔軟さはやはりミュージシャンを引き寄せる。中でもチック・コリアとは1980年代に深い交流があった。チックが1か月半ほど京都に滞在した際には住まいを手配し、様々な世話もしたことで特別な関係を築き、チックがYAMATOYAでプライベートコンサートをやってくれたことさえあった。また、1970年代にキース・ジャレットとも交流があり、滅多にサインをしないことでも知られるキースのサインが入った『ケルン・コンサート』のレコードがあったりもする。熊代さんとYAMATOYAはとにかく多くの人に愛されているのだ。

  左はチック・コリアが日本滞在時に書いたサイン。日付とともに「To Kuma chan」の文字が添えられている。
右のCD-Rには、YAMATOYAで行われたプライベートコンサート(1983年)でのチック・コリアの演奏が収められている。

  キース・ジャレットが日本滞在時に書いたサイン

今では京都には古くからのジャズ喫茶はほとんどなくなってしまった。そんな中、YAMATOYAは今も営業を続け、海外からのファンも増え、再び人気を獲得している。その理由は熊代さんのホスピタリティにあるのではないかと僕は思っている。そのレコードのコレクションに象徴されるように客のために誠実であることが印象的だったのだが、それはALTECのスピーカーに使われている独特な色合いのグリーンに塗られた壁と、それと相性抜群のウィリアム・モリスの壁紙とのコンビネーションに、様々な形のランプシェードを配置するなど、内装へのこだわりにも繋がっている気がする。とにかく入りやすく、居心地がいいのに、細部を見ればどこまでも素敵なことがYAMATOYAの最大の特徴なのだろう。2か所から取り寄せた豆をブレンドしたコーヒーを丁寧に淹れる姿を見ていると、このジャズ喫茶は今後も愛され続けることは容易に想像できた。

日本を代表する老舗ジャズ喫茶は敷居は低いのに、ここにしかないものがある唯一無二の場所だった。






今回のスポットの基本情報

【名称】jazz spot YAMATOYA(ジャズ・スポット・ヤマトヤ)
【住所】京都市左京区熊野神社交差点東入ル2筋目下ル
【アクセス】市バス 京都駅から206系統で熊野神社前まで約30分程度、四条河原町から203系統もしくは201系統で約20分程度。
            熊野神社前バス停から徒歩5分程度
      
京阪本線・鴨東線 神宮丸太町駅を出て、丸太町通を東へ徒歩15分程度。
【電話】075-761-7685
【営業時間】12時から22時(ラストオーダー21時30分)
【定休日】水曜・木曜(祝日は営業)
【席数】約30席
【支払方法】現金のみ
【外国語対応】英語メニューあり
【喫煙】不可(店舗前に喫煙スペース有)
【駐車場】なし(徒歩3分圏内にコインパーキング有)
【予約】不可
【URL】https://www.jazz-yamatoya.com


ライター・カメラマン情報

ライター情報:柳樂光隆(ナギラ・ミツタカ)
島根県出雲市出身。音楽ライター。DJ。選曲家。昭和音楽大学ジャズ科非常勤講師。ジャズとその周りの音楽についての執筆や取材をメインに活動。21世紀以降のジャズをまとめて紹介した世界初のジャズ本「Jazz The New Chapter」シリーズの監修者。共著に『100年のジャズを聴く』。ブルーノート・レコーズのコンピレーションCD『ALL GOD'S CHILDREN GOT PIANO』の選曲も担当。

カメラマン情報:成田舞(ナリタ マイ)(Neki inc.)
京都在住、写真家。下鴨でデザインと写真の会社Neki inc.をデザイナーである夫やスタッフと一緒に運営中。場所を同じくして、「写真館 ある日」という、ポートレートや残したいものの記念撮影と日記のような冊子を作る写真館活動を行なう。写真のゼミやワークショップ、展覧会を開催しながら、知覚すること・記憶すること・アーカイブすることを観察し続けている。

編集:中本真生(ナカモト・マサキ)(UNGLOBAL STUDIO KYOTO / EXCYC)
京都を拠点に活動。出版レーベル”EXCYC”共同主宰。文化芸術(舞台芸術・音楽・現代美術・映像・映画・漫画・漫才 他)に関する編集やインタビューを数多く手がける。近年の企画・監修・編集の実績として、現存するクラブでは日本で最も長い歴史を誇るCLUB METROの貴重な資料を収録したアーカイヴ・ブック『CLUB METRO ARCHIVE BOOK “DIGGING UNDERGROUND” VOL.1 1990-1994』(2023)など。また一方で、文化芸術に関するWEBサイト制作のディレクション、展覧会・コンサート・作品の企画・プロデュースなどを行う。近年の主なWEBディレクションの実績として、「オラファー・エリアソン展」(麻布台ヒルズギャラリー、2023)、「国際芸術祭「あいち2022」(愛知県各所、2022)、「ミロ展──日本を夢みて:特設サイト」(愛知県美術館、2022)など。

協力:石川琢也


今回の記事制作担当

ナイトタイムエコノミー推進協議会