2023年09月08日(金)
京都 夜観光・エンタメのススメ ~新たな試みで能の楽しさを伝える~「KYOTO de petit 能」
初めての方も楽しめるよう工夫された能や狂言の舞台を始め、京都の多彩な文化・芸術を楽しめる公演をご紹介します。初回は『KYOTO de petit能』。能を知りたい、興味がある、という全ての方に贈る「心に残る能」を楽しめる公演です。8月に行われた公演に行ってきましたので、その時の様子をご紹介します!
『KYOTO de petit 能』は、2ヶ月に一度、金曜の夜に開催される初心者の方も楽しめる工夫がされた能の公演です。京観世林家の若き当主である林宗一郎さんが「同世代の人たちに気軽に能に触れて欲しい」との思いで始めました。能を「知りたい」「興味がある」全ての人が満足できるように、「わかった先にある面白さ」を届ける、ということを大切にしています。
能公演の前にあらすじ紹介や解説を行う、200強ある演目から、今の時代に心に残る内容を吟味するなど、こだわりをもって公演を行っています。演目は1つのみのため、通常の能公演に比べると上演時間も短く90分。観光と合わせて気軽に参加することができ、京都の夜観光として、本格的な能を楽しめる貴重な舞台です。
全ての人に親しんでもらえる能の公演
会場の京都観世会館に着いてまず驚いたのは、18時の開場を目指して集ってくる人々の顔ぶれでした。お一人参加やご年配の方、若いカップルや小中学生のいる家族連れ、外国人観光客など、年齢・国籍を問わずさまざまな人たちが能の舞台を楽しみに集まっていました。「確かに林家の定例公演とは違う世代のお客様も来てくださるようになりましたね」
と頷くのは、『KYOTO de petit 能』を主催する京観世林家十四世の林宗一郎さん。40代の若き当主です。2020年に「能を知りたいすべての人へ。90分で能観劇」というキャッチコピーで『KYOTO de petit 能』をスタートさせ、3年間で20回の上演を重ねて幅広いファンを獲得しました。
「定例公演だと1公演で2、3演目披露するのですが、半日仕事になりますので初心者の方は疲れてしまいます。そこで『KYOTO de petit 能』では1演目だけの開催にし、しかも解説を交えてわかりやすくしました。『ちょっとわかったぞ、なんだか楽しいな』と思ってもらえることを目指しています」
公演時間を90分に凝縮したのは、それくらいの時間なら仕事や子育てに忙しい林さんと同世代の方にも能を楽しんでもらえるから。夜開催にしたのも、仕事帰りに映画を観る感覚で伝統芸能を楽しんで欲しいからだそう。旅行者が楽しむ夜のイベントにも最適です。
楽しんでもらえるように工夫を凝らす
能をわかりやすく伝える『KYOTO de petit 能』の本領は、舞台前に開催された夏休み限定の「糸投げ体験」と「糸投げて投げられて体験」にも発揮されていました。この日の演目は『土蜘蛛(つちぐも)』で、蜘蛛の精が花火のように広がり落ちる白い糸を投げる演出で知られていますが、その小道具である糸を実際に観客が投げたり、投げられたりするのです。能楽師の方の司会で、事前に申し込んでいた参加者に糸を投げるコツや、糸を投げられた侍が刀で糸を薙ぎはらう所作を伝授。子どもたちはもちろん、大人も楽しそうに挑戦していました。(※「糸投げ体験」と「糸投げて投げられて体験」は8月のみの特別企画です)
体験が終わると今度は、『土蜘蛛』のあらすじ紹介と解説が行われました。「源頼光(みなもとのらいこう)という武士が病気で伏せっていると、不審な法師が来訪。『病をもたらしたのは己だ』というなり襲いかかってくるが、頼光が名刀『膝丸』で切りつけると逃げてしまう。そして頼光は家来の独武者(ひとりむしゃ)を蜘蛛退治に向かわせる」というのが『土蜘蛛』の大まかなストーリー。
「頼光は台の上に座って腕に布をかけていますが、これは病気であることを表しています」「独武者っていうけどこれは土蜘蛛征伐を命じられた武将の呼称で、独りで征伐に行ったのではなく大勢で蜘蛛退治に行くんですよ。舞台では部下を2人連れていますけど、もっと大勢いるのを2人で表現しているのです。」などと、能独特のルールをわかりやすく教えてくれます。また物語の要となるセリフも解説があり、そのセリフが和歌由来であることも知ることができました。
自分なりの入り口を見つけて
実際に能が始まると先ほどとはうって変わった緊張感が舞台にみなぎり、見ているこちらも胸が高鳴ります。事前の学びが効いて「この法師が実は土蜘蛛なのだな」といった具合に、すんなりと内容も理解できます。囃子方の演奏や掛け声は迫力があり、面や衣装も見応え満点。能独特のすり足や刀を構えて静止する姿などの所作はとても美しく見惚れます。現代のダンスにも通じるものを感じました。
幽玄な能のイメージを覆す『土蜘蛛』ならではの派手な活劇も面白い。気づくと林さんの言葉そのままに「ちょっとわかったぞ、なんだか楽しいな」と思っている自分がいるのでした。
「能には楽しめる要素がふんだんにあるのです。『私はお囃子が好きやな』『能装束が美しいからまた見たいな』と、ご自分なりの入り口を見つけるといいですよ」
林さんの言うとおり、観客はみな自分で自分なりの楽しみを発見するのでしょう。公演後に次回の予約をして帰るリピーターも多く、すっかり能好きになって林家の定例公演である林定期能(SHITE シテ)を観るようになった方もいるといいます。
★能の演目が分かる「解説 五番立」はこちら(林能楽会 冊子抜粋)
さらに、会場のロビーではその日の演目台本の檜書店の「袖珍本(しゅうちんぼん)」(※持ち運びできるサイズの小さい本)が販売されていて、定価990円を公演当日のみ500円で購入できます。今日見た能のことをもっと知ることができる嬉しいサービスですね。
能には、「嵐山」「賀茂」など、京都の地を題材にした演目があり、2023年度の林定期能では、計4回に8演目が公演されるのだそう。能を通して京都を旅する、ひと味違う京都観光も楽しそうです。
京都で過ごす夜のひととき『KYOTO de petit 能』を体験すれば、新しい世界の扉が開くに違いありません。
インタビュー
林喜右衛門家 十四代当主 観世流能楽師 シテ方 林宗一郎
林能楽会代表 林定期能楽会代表
京都で「謡」をつないできた京観世五軒家のうち唯一残る林喜右衛門家の十四代当主。京都・東京・岡山・鳥取に稽古場を持ち、謡と仕舞の指南にあたる。京都の歴史的建築を守り伝える活動にも力を注ぎ、歴史的建築・有斐斎弘道館にて定期講座「能あそび」、関西セミナーハウス・修学院キララ山荘内能舞台にて毎年薪能を開催している。
京都観光おもてなし大使。京都観世会理事、能楽協会京都支部所属。
公演のご案内
KYOTO de petit 能会場 京都観世会館
住所 京都市左京区岡崎円勝寺町44
アクセス 地下鉄東西線「東山駅」下車 徒歩約5分
スケジュール 公演日時詳細はホームページにてご確認ください
チケット予約 http://hayashi-soichiro.jp/schedule/2436.html
ライター紹介
白須 美紀京都市生まれ、宇治市在住。社寺、祭、芸能、きもの、京料理、京菓子といった京都ならではの文化を取材し、雑誌やウェブサイトなどに寄稿。近年は工芸ライターとしても活動し、ものづくりで文化を繋ぐ人々を紹介している。また、職人や作家と「いとへんuniverse」を立ち上げ、西陣織の一技法である西陣絣(にしじんがすり)を伝える活動も行っている。