重森三玲

重森三玲
しげもりみれい

重森三玲(しげもりみれい、1896-1970)は岡山県出身で、東京の学校に学び、生花や茶道の稽古に励み、当初は画家を志していました。しかし画家の道をあきらめ、再び上京する途中、京都により古社寺の庭園に興味を持つことになりました。独学で庭園を学び、全国500カ所の名庭を実測調査する内に、日本庭園史の重鎮になっていったのです。昭和11年(1936)には「日本庭園史図鑑」全26巻を、そして昭和51年(1976)息子、重森完途(かんと)と共に完成させた「日本庭園史大系」全33巻は日本庭園史の集大成ともいえる研究成果であり今も多くの庭園関係者の参考にするお庭の百科事典のような存在です。また研究の傍ら、多くの枯山水の作庭も試みています。京都でも「東福寺本坊庭園」「龍吟庵(りょうぎんあん)庭園」「瑞峯院(ずいほういん)庭園」「松尾大社庭園」など代表的なものだけでも枚挙に暇がありません。また「三玲」という名前は、フランスの画家「ミレー」にあやかったもので、子どもたちにもヨーロッパの著名人の名前を付けています。「完途」はドイツの哲学者「カント」。「由郷」はフランスの文学者「ユゴー」にちなみます。

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