京都市メディア支援センター

京都の映画文化と歴史

第17回

京都府京都文化博物館

東映太秦映画村の映画文化館とともに、京都ゆかりの映画を含む様々な映画資料を保有し、公開している施設があります。


京都府京都文化博物館
場所:中京区三条高倉

三条高倉の辺り、明治の名残を残す赤レンガ造りの大きな建物が姿を現します。日本銀行京都支店だったこの別館(重要文化財)と、それにつづく近代的な本館が「京都府京都文化博物館」です。
京都の歴史と文化を紹介する文化施設として昭和63年(1988)10月にオープン。本館では、京都ゆかりの美術・工芸作品・歴史を紹介する常設展と、その時々の企画による特別展が常時行われています。中でも映画を京都の重要な文化と位置づけ、フィルムライブラリーとしての機能を活かした上映・展示活動は、研究者のみならず多くの映画ファンのよく知るところです。



フィルムシアター

3階に位置する“フィルムシアター”では、月ごとにテーマを設けて、映像文化を紹介しています。基本的に毎週火曜~日曜までの6日間、昼と夜の2回、京都府が所蔵する日本の古典・名作映画が上映されており、最新の映写機・音響機器を導入した快適な環境で、作品を観賞いただけます。また、シアター前のロビーでは、上映作品に関連する資料や解説パネルの展示を行っており、作品と合わせてお楽しみいただけます。
所有するフィルムは約3000巻、800作品。その他、京都の映画に関する様々な資料があり、シナリオ約30,000冊、美術セットの図面等の製作関連資料、映画人の個人資料なども所蔵しています。


伊藤大輔監督の脚本

所蔵されている一番古い作品は、明治32(1899)年の『紅葉狩』。歌舞伎の演目を野外に特設されたステージで記録した映画で、現存する日本最古の作品です。
また、博物館には著名な映画人の資料も多く保存されています。特に、伊藤大輔監督は、個人資料をすべて京都文化博物館に寄贈されました。『長恨』『侍・ニッポン』『御誂次郎吉格子』などの脚本には本人の書き込みが見られ、『忠治旅日記』の脚本では、伊藤監督がタイトルのグラフィックデザインもしていることがわかり、貴重な資料となっています。


山中貞雄監督の遺稿「従軍記」

さらに、天才と言われながら戦地へと赴き夭折した、山中貞雄監督の遺品の数々も日本映画史にとって、大変重要な資料です。映画館のスクリーンを想定したような、横長画面のパラパラ漫画が書かれている学生時代の辞書。『「人情紙風船」が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ。負け惜しみに非ず』と書かれた、戦地中国での「従軍記」。また、片岡千恵蔵、伊丹万作、小津安二郎、宮川一夫ら、大勢の映画人による、戦地の山中を激励する寄せ書きも残されています。


牧野省三監督デスマスク

そして、日本映画の父・牧野省三が亡くなった時の「デスマスク」。こちらはケースの中に大切に保管されています。
これら京都にゆかりのある多くの映画人の資料は、時を越えて我々に様々なメッセージを伝えてくれています。
(公式HP: http://www.bunpaku.or.jp/)


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column

祇園祭の季節がやってくると、決まってフィルムシアターで上映される映画があります。そのタイトルはずばり『祇園祭』。昭和43(1968)年に製作された作品で、中村錦之助、三船敏郎、岩下志麻など、豪華キャストによる大作ですが、そのフィルムはここ、京都文化博物館だけに保存されています。作品の製作過程では、大変な苦労があったということですが、祇園祭の歴史を知る上でも、興味深いフィルムです。
なお、“フィルムシアター”では、時に無声映画の上映や、活動弁士(無声映画の映像に合わせて台詞や解説をする人)付上映など、他所ではなかなか体験することの出来ないプログラムも、積極的に企画されています。


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