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大徳寺

大徳寺

 龍宝山(りゅうほうざん)と号し、臨済宗大徳寺派の大本山である。大燈国師宗峰妙超(しゅうほうみょうちょう)が、鎌倉末期の正和4年(1315)開創し、朝廷の深い信仰をうけて寺運は栄えた。室町時代には、幕府の保護を辞退して在野の立場をつらぬいた。応仁の乱で建物は焼失したが、四十八世住持一休宗純(いっきゅうそうじゅん)が堺の商人の保護をうけて復興し、ついで豊臣秀吉や諸大名も建物や寺領を寄付し、塔頭(子院)を創建して、江戸時代初期に現在の建物はほとんど整えられ、寺運は大いに栄えた。現在、三門・仏殿・法堂(はっとう)・経蔵(きょうぞう)(以上いずれも重要文化財)・方丈(国宝)など、禅宗の主要建物はすべて保存され、禅宗の典型的な伽藍配置を示している。唐門(国宝)は聚楽第(じゅらくだい)の遺構と伝えられ、豪華な彫刻に飾られた桃山時代の代表的建物。また、方丈は禅宗方丈建築の典型で、室内は狩野探幽(かのうたんゆう)の襖絵(重要文化財)で飾られている。方丈庭園も江戸初期の枯山水庭園として有名である。その他、書画、古文書寺宝も多く、諸塔頭とともに禅宗文化の宝庫となっている。北区紫野大徳寺町

基本情報

正式名称 大徳寺
住所・所在地 紫野大徳寺町53

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