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名所・旧跡

山名宗全の邸宅跡

山名宗全は応永11年(1404)に生まれ、名を持豊といい、のち宗全と号したが、赤ら顔であったので赤入道ともいわれた。但馬をはじめ数ケ国を領し、強大な勢力を持っていた。
なれや知る都は野辺の夕雲雀(ゆうひばり)   
   あがると見ても落つる涙は     (飯尾彦文左衛門)
この地にあった山名家代々の邸(やしき)も、足利将軍の後継者争いで宗全が足利義尚を擁し足利義視を擁した細川勝元と争った応仁の乱で焼失し、宗全は70才で陣中に病死した。このあたり一帯を西陣というのは、宗全が幕府の西に陣を敷いたことによる。

基本情報

正式名称 山名宗全の邸宅跡
よみがな やまなそうぜんのていたくあと
通称名称 -
よみがな -
住所・所在地 上京区堀川上立売下ル西入山名町
アクセス 市バス 堀川上立売
開催日時 -
営業時間 -
定休日 -
TEL -
ホームページ -

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