吉野太夫

吉野太夫
よしのだゆう

江戸初期の名妓。7歳から六条山筋町の林家に入り、14歳で太夫となり吉野と称した。茶の湯、香、和歌など諸芸に通じる美貌の名妓として「六条の七人衆」のトップとされた。上京の豪商灰屋紹益の妻となる。墓は上京区七本松通仁和寺街道上ル、立本寺と北区、常照寺。4月第3日曜日に常照寺で吉野太夫花供養がある。1606(慶長11)~1643(寛永20)

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