八橋検校

八橋検校
やつはしけんぎょう

江戸初期の箏曲家。磐城(福島県)生まれ。江戸で筑紫流箏曲を学び、京都に入り、さらに九州で箏曲をきわめる。再び京都へ入り、検校となる。上永検校城談の名をのちに八橋検校と改名。筑紫流箏曲を改革し、八橋流を創始。名曲「六段の調」「八段の調」を作曲、箏曲の組歌をつくった。墓は左京区、金戒光明寺。1614(慶長19)~1685(貞享2)

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