細川忠興

細川忠興
ほそかわただおき

江戸初期の武将。号は三斎。利休七哲の一人。織田信長に重んじられ、丹後宮津城主。妻は明智光秀の娘の玉(ガラシャ)。豊臣秀吉、徳川家康に従い、豊前(福岡・大分県)小倉藩39万石余を得る。茶、和歌、有職故実に通じた。大徳寺塔頭の高桐院にある石灯籠の墓標は、千利休が、豊臣秀吉の所望を断わるため笠石を欠いて忠興に贈られたと伝わる。北野天満宮境内に北野大茶会遺跡“三斎井戸”がある。1563(永禄6)~1645(正保2)

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