大田垣蓮月

大田垣蓮月
おおたがきれんげつ

幕末・明治期の女流歌人。京都生まれ。二度結婚したが、死別し出家。4人の子も失い孤高の生涯を送る。自詠の歌を彫りつけた急須、茶わんなどの陶器を制作、蓮月焼と人気を呼んだ。北区、神光院に晩年穏棲した茶所が現存する。墓は北区西賀茂鎮守庵町、西方寺。1791(寛政3)~1875(明治8)

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